大変話題になった「アクト・オブ・キリング」のジョシュア・オッペンハイマー監督による、前作の続きものと言うべき作品。
前作を見ていなくても十分伝わるけれど、やはりここは2つを続けて鑑賞したい。
早稲田大学 小野梓記念講堂で行われた試写会には、半分は一般の試写会当選者、半分は人類学を学んでいる学生他、熱心な学生たちという顔ぶれ。
監督と主役のアディ・ルクンさんも登壇し、行われたパネルディスカッションは今までかつてない本気さ。
これこそが試写会に呼ぶべき登壇者よね。
「ルック・オブ・サイレンス」 公式サイト(7月4日公開)
<ストーリー>
60年代にインドネシアで起きた大量虐殺9.30事件で兄を殺されたアディ(本人)は、痴呆の父を介護しながら死んだ兄を想い静かに暮らしている母に、加害者に囲まれて暮らすってどんな気持ち?と尋ねる。
「アクト・オブ・キリング」の資料映像を見つめるアディは、加害者に直接会いに行きたいと監督に告げ・・・・
眼鏡技師であるアディが無料で眼鏡を作るともちかけて、会話しながら真相に迫っていく
余りにインパクトのある絵面で始まるけれど、ドキュメンタリーだけあって映像は静かで淡々としている。
当然ながら、観る前の日はよく寝ておかなくてはならない。
事件のあと生まれたアディに、母は何も語ってこなかった
被害者だけが「加害者=恐怖」に囲まれて、固く口を閉ざし暮らしてきた。
口を閉ざさなければ、生きて行くことも出来なかった現実。
なんと恐ろしい事か、なんと悲しいことか・・・・・
「あなたに兄は殺されたのです。」
親切な眼鏡屋さんに、事件の核心に迫る質問をされるうちに、加害者は決まって怒り始める。
なんて酷い奴!!!
思い出すだけでも、はらわたが煮えくり返るっっ
しかしアディは声を荒げることもなく、どこか寂しげな表情をして、静かに言うのだ。
「私はあなたを責める為に来たのではありません。」
感情を抑えるためなのだろうか?ピクリともしない無表情とも取れるアディに、なぜそう落ち着いていられるのかと信じられない気持ちでいっぱいになる。
「こうやってこうやって、首を切ったらバーッと血が出て、それを飲んだんだ。そうしないとこっちがイカれてしまうからな。そのあとペニスを切って蹴飛ばしてやったんだ。はっはーっ(笑)」
拍をつけるために虐殺の全てを本に書いて絵もつけた、と自慢気に語る男性は既に故人となっているが、家族はそんな事実は知らないと言い張る(映像があるのに?)
しかし映像にも居心地悪そうに写っている妻だけは、苦しい表情を見せている。
「加害者が謝ったら許すつもりだ。」と話していたアディに誰一人謝る気配すらなく、逆に恫喝されてしまう。
なんてことなの!!??あんまりだわっ!!
しかしふと気付くのだ。恐れているのは加害者たちなのでは?
映画にはその答えも解決方法も救いも描かれてはいないのだけど、私はこう思うのだ。
彼らの多くはイスラム教徒。つまり罪を認めること→待っているのは「目には目を、歯には歯を」なのだと。
いくら政府お墨付きの大虐殺で、命令されたからやったと言いつつも、(殺すよう指示されたからやっただけなら、ただ1発で射殺すれば済むことなのに)、社会通念的にも許されるはずのない、度を越した拷問であったことを、2~3人殺しても映画になってしまうような恐ろしい猟奇殺人鬼と何ら変わらないことをしてしまったのだと、彼らは気付いているのだ。
気付いているから、気付いていないふりをしているのだと。
主役のアディさんと、ジョシュア・オッペンハイマー監督
パパンに話したら、監督はドイツ系ユダヤ人だねって。
なるほどそれで「ホロコースト」と話の中に出てきたのね。
監督がここまで熱心にこの問題を映画にして世に送り出そうとしているのは、今こそ、世界で考えて行くべきテーマであると同時に、アウシュビッツでの大量虐殺と今回の事件に多くを重ね合わせているからなのかも。
9.30事件研究会メンバーの慶応大学名誉教授は女性のかた
被害者でありながら、加害者から謝罪の言葉も得られず、蒸し返すとまた恐ろしい目にあうぞと脅されながらも、達観した表情で淡々と生きるアディさんから、非常に多くのものを得ることが出来る。
泣き寝入りするわけではなく、報復するわけでもなく、宗教も神をも超越した偉大な何かを感じることが出来るはず。
特に紛争地域で戦っている人たち、これから戦おうとしている人たち、戦えるようにしようとしている人たちには観て欲しい。
平和を維持するために、本当に必要なのは何なのかを・・・・・
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Weblog: まてぃの徒然映画+雑記
Tracked: 2015-09-27 21:58
この記事へのコメント
まっつぁんこ
とらねこ
『アクト・オブ・キリング』の方を見るとそうした事情がもっとよく分かるかもしれません。
加害者の方は反省などしていないし、恐れてもいないどころか、英雄として街を凱旋する姿が映し出されています。
政権を握っているのはそちら側で、自分たちは正しいことをしたと言われているのですから。
でも殺人者も命令されて近所の人々を殺したというのが事実であり、もしそこで逆らっていたら自分が殺されていたというのが本当はあるんですね。
それこそ、誰の罪であるかという問題になる。それはこちらの『ルック〜』で追求しようとしていたかと思います。
もちろん、『アクト・オブ・キリング』とこちらとどっちを先に見てもいいのですが(続編ではないので)、2つ見るとより深く理解が出来そうですね。
ノルウェーまだ~む
隣人同士であったからこその、今まで隠されてきた事なのでしょうね
これが外交的なことであったら、総統な大騒ぎにしたでしょうに…
うやむやにしてきた歴史をこの機会にクローズアップしていくのも必要かもしれないですね。
ノルウェーまだ~む
映像のままの物静かなアディさんを直接拝見して、より一層ただ静かに耐えて過ごしてきた時の流れを感じずにはいられなかったわ。
映画はパネルディスカッションの前に観ても十分伝わってきたのだけど、近いうちに「アクト~」のほうも是非見たいと思ってます。