「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」☆幸せとは?

これはどうやって脱北を手助けするかとか、どのような方法で逃れるのかとか、途中でどんな困難が待ち受けていたのかという、実際日本人なら知りたい情報が得られる映画では無い。
語られるのは脱北してきた女性のその後の更なる過酷な運命と、ひとりの女性の強さと愛の人間ドラマなのである。


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「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」 公式サイト (6月10日 公開)

<ストーリー>

10年前に脱北してきたベーは、今は中国人の夫と貧しい農村で暮らしていた。
1年間の出稼ぎのつもりだったのが、ブローカーに売られてこの家の嫁となり、生活の為に自らもブローカーとなった。
2人の息子の将来の為、北の家族を韓国へ脱北させたベーは、自らも危険なルートで韓国へと入国、久しぶりに家族と合流する。
しかしぎこちない様子の彼ら。果たして韓国へ逃れたことは、本当に幸せだったのか・・・・?


基本的にドキュメンタリーであるから、自然と語りが多くなり、抑揚のない中国語でずっと喋られると、必然的に眠気との闘いとなる(笑)
同行のママ友とお互いの抜けた部分を後で補てんし合っても、やや不明な点も。

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出稼ぎのつもりがこの家に売られてきた。北の暮らしよりもっと貧しくて、中国人の夫は骨と皮ばかりだった

驚いたのは自分が騙されて売られてしまったのに、自らも同じようなブローカーになっている事。
売る先は、北と中国の国境付近にひっそりと住む貧しい村、もしくは障碍者、年よりだけの家なのだそう。
ある意味一生タダ働きさせる女中を買ったというかんじ?
劇中で「夫は漢族の身分証があるからいいけれど、朝鮮族だと村の人同士では結婚できないからね。」と言うくだりがあることから、脱北してきて国境付近に住んでいる人たちは、中国で差別を受けていて、なかなか中国人とは結婚できないから、どうしても村の中での結婚となり、それを繰り返すわけにはいかないので脱北者を買うという構造が見えてくるのだ。 

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今ではすっかりふっくらした中国人の夫とは、仲睦まじく何でも言い合える仲

心情から言えば、辛い思いをしたのだから、普通はブローカーになって同じように女性を苦しめるようなこと(騙して身売りさせる)などはしないものだと思う。
しかし何故自らもブローカーになったのか、どういう気持ちだったのか?などはあえて語られない。
痩せていた夫と家族を満足に食べさせるために、危険な密輸にも関わったことなども含め、生きる為に藁をもつかむ思いであったことが伺える。
そんな中国人の夫はパソコンも持っていて、今は暮らしにゆとりがあるようだ。

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先に脱北した長男のいる韓国へ呼び寄せた次男は、将来俳優を目指して(!)お顔の手入れ中

普通に青年になっている次男は、10年間離れていた寂しさを埋めるようにごく自然に母に甘えている。
そんな息子の顔のパックのカスを取ってやる母ベー。
息子の為に外で働き、食事を作る姿は母親の顔だ。ここで一見、彼女には幸せが訪れたように思えるが・・・

気付くとさらりと脱北してしまっていて、観客は知りたかった『その大変な脱北シーン』を目撃することが出来ない。
(私が寝ていたのかもしれないけど)
ただ、監督自身も身分証の無いベーと一緒に中国からラオス→タイと秘密のルートを辿って命からがら脱北を(この場合中国から韓国への入国)経験したけれども、過酷過ぎてとても撮影するどころでは無かったのだそう。

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北の夫との関係はどこかぎこちない

本当は息子だけ韓国へ呼び寄せたかったベーだけど、次男が父親を残して脱北出来ないということで一緒に渡ってきた。
どうしても北の夫と中国の夫が似ているし、中国語と韓国語がハッキリ聞き分けられないと劇中とても混乱しちゃうのだけど、ベーは北の夫の目の前で中国語が判らないのを良い事に、中国の夫と「そんなら韓国に行かなきゃ良かったのに・・・」などとスマホで会話したりする。
判らないはずの北の夫は、それでもどこか所在なげだ・・・・

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べーがキャップを目深にかぶって、バイクで何か運ぶ仕事をしている後ろ姿で唐突に映画は終わる。



今回は監督のティーチインもある試写会。
それにしても監督に質問は?の時に、出来上がっている作品に素人が「こうした方が良かった」とか「この部分が判りにくかった」とか発言するのはどうなの?と思ってしまったwa

事実だけを淡々と映し出すのがドキュメンタリーであるから、彼女がどう思って、どう葛藤したのかは観客が推し量るしか術はない。
どちらの家族も選ばず、どちらの家族も選んだベーの苦渋の選択は、「脱北したら幸せになる」と思っていたけど幻想だった事実を深く我々に突き付けたのではないだろうか。

脱北者となったことで、韓国人からは差別され職にもつけず思う様な生活が出来ない事実を見ると、『北で暮らす事は不幸だったのか?』
思わず福島から非難してきた方の境遇に重ね合わせずにはいられなかった。

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