美しい大自然の中でセリフも少なく静かに静かに物語が進んでいくのに、ぐっと胸をわし掴みにされてゆさゆさと揺さぶられるような作品。
一人のサーミの少女が故郷も家族も捨て、一人差別に立ち向かっていく姿は痛々しくもあり神々しくもある。
「サーミの血」(2016年)Sameblod
公式サイト
妹の葬儀でサーミの教会を訪れた老女は、親族とかかわろうとせず頑なな態度を崩さなかった。ホテルで子供の頃の寄宿学校の生活を思い出す。
初めての寄宿生活に不安な妹を励ますエレ・マリャ(レーネ=セシリア・スパルロク)は、優秀で皆の手本となっていたが、サーミ人を蔑む環境に辟易し寄宿学校を抜け出しダンスパーティーに忍び込む。
その時に出会ったニコラスを訪ねて、遂に寄宿舎を飛び出し都会を目指すのだが・・・
1930年代の民族差別が横行していた頃の話。
研究員の人権を無視した調査の様子や、青年たちに押さえつけられて耳に傷をつけられるシーンなどは特に、サーミの人たちがトナカイにマーキング(自分のトナカイの耳を切り落とす)するのとリンクして、人間に対するのではなく物のように扱っている事を示している。
これが人権先進国の北欧で行われていたのか?と驚く人も多かったと思うけれど、案外北欧であっても実はそうなのだ。
2度目のノルウェー駐在の頃、移民を受け入れていたので沢山のパキスタン人がいたのだけど、彼らはよく『パキ公』と呼んで蔑んでいたものだった。まあ、高い高い税金を彼らの為に使われるのだから余り良くは思ってないのは仕方ないとしても。
人は誰でも自分より下に人を置くことで、自らのアイデンティティを保とうとする本能的なものがあるので、映画「異端の鳥」でもそうだったように、田舎に行くほど差別が平然と行われるのはどの国でもそう違いはないと思われる。
冒頭、妹の葬儀に出席して頑なな態度をとる年老いたエレ・マリャが、最後誰にも見られない深夜にこっそり棺を開けて絞り出すような声で妹に謝罪する姿に、実はこの映画の本質がある。
差別の対象であるサーミの村から脱出し、一見自由を得たように見えるけれど、都会に出て民族衣装を脱ぎ捨てても一目で「ラップランド人」(隅っこの人という差別用語らしい)と見破られてしまう彼女は、描かれてはいないけれど相当な苦労を背負った人生だったと想像できる。
彼女は家族も故郷も「自分」も捨て民族と妹を裏切った負い目と罪悪感を感じながら、イバラの道を自ら選んで決して後悔はしていないというプライドを、サーミの人たちを口汚く罵ることで何とか保っていたのではないだろうか。
綺麗ごとのお涙頂戴映画に仕上げてない嘘偽りのなさが、この映画の評価の高い所以なのだと思われる。
さて、主役エレ・マリャを演じた姉妹はノルウェー生まれの実際のサーミ人。ということで、私がノルウェー北部のカラショクという町で出会ったサーミの人をちょっとだけご紹介。
気温はー20度くらい。粉砂糖のような軽い雪は、サラサラし過ぎて雪合戦の雪玉が作れないほど。暗いけど昼間の3時くらい(多分)
民族博物館で見た絵文字の描かれたサーミの太鼓
部屋を曲がったらいきなり人がうずくまっていて、驚いて30センチくらい飛び上がったら人形だったトナカイ牧場と犬ぞり体験の他に、この日は凍った湖にワカサギ釣りに連れてきてもらったyo
スノーモービルでソリを引っ張って疾走するので顔が凍り付いた~(湖の上⇩)
今は社会人の息子がまだ5歳の時。ねえねは寒さのあまりずっとメソメソ泣いていた(笑)火を焚いて何か作ってくれているところ。泣いているねえねをせっせと暖炉で温めてくれた優しいサーミのおばあちゃん。ここで初めて普段着として民族衣装を着ているのだと知ってビックリしたのだった。防寒用の中にもわもわが付いているゴムの長靴に靴下2枚では足が寒くてダメなのよとおばあちゃん。
寒さに凍えるねえねの靴下を脱がせて、トナカイのブーツは裸足で履くものだと教えてくれたのだった。ワカサギ釣りの前に教えて欲しかったwa~
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この記事へのコメント
ここなつ
大変興味深く読ませていただきました。貴重な体験をされたのですね。
そうなんだ!靴下を履いてトナカイのブーツに足を入れちゃいけないのね!…ってこの豆知識を活かす場も私にはそうそう無いと思いますが…(笑)
ところで、よくまだ~むさんとのコメのやり取りでもさせていただいている、福祉国家北欧での意外な人種差別の件、色々と問題を抱えていますよね。
イメージと違う部分ではありますが、これが現実の問題なのだと思います。
セレンディピティ
サーミの血、心にがつんとくる作品でした。
カラショクで貴重な体験をされましたね。
サーミのおうちは、ネイティブアメリカンのティピみたい!
極寒の中で暮らすにはいろいろ生活の工夫があるのでしょうね。
トナカイのブーツ、はいてみたいです。
ノルウェーまだ~む
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こちらの記事にもコメントありがとうございます。
日本でもひところUGGのブーツ流行りましたけど、結構真冬に裸足で履いていなかったですか?
何で裸足と分かったかというと、つっかけスタイルのムートンの靴もブームで真冬なのにかかとむき出し!!って思ったんです。
その時にこのトナカイの毛皮のブーツを良く思い出していたんですよ☆
人権先進国であっても、見える形・見えない形で差別(もしくは区別と言う名で正当化される無自覚の差別)は起きているんですよね。
それを少しずつでも是正してきて今があるとは思うのですが、完璧な社会を実現するにはこれからも長い道のりを要するのだと思います。
ノルウェーまだ~む
>
セレンさんにご紹介いただいて、ずっと気になっていたのでステイホームGWにちょうど良いwaと思い見たんです!
ありがとうございました~
「自由を得て幸せになりました」と単純にほっこりさせる映画ではないところも含め、大変印象深い作品でしたね。
テントはてっぺんが抜けていて、真ん中で焚火ができるようになっているんですよ。穴が開いていると寒そうですが、逆に火を焚けて温かいんですね☆
zooey
細部を忘れていたので、自分の感想も読み直してみました。
もう4年前に観たのですね。
あの思春期の生徒たちを相手に全裸の身体検査なんて…
私はこれ、アップリンクで観たのですけど、そこももう閉館しちゃうのねえ。
私の感想も貼らせて頂きますね。
https://blog.goo.ne.jp/franny0330/e/8d23e280d5c7e96add35a6476c672d17
ノルウェーまだ~む
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もう4年前ですか・・・
あのシーンは研究と言う名の人権侵害で、本当に憤りを覚えました。
感想拝見しますね。
ノラネコ
人間の社会は常に自分よりも低い地位の者を定義することで安心してきたから、今はサーミの代わりに移民がということなのでしょう。
昨日BLMを叫んでいた黒人たちが、今日アジア人差別をしてるのを見ると、人間の逃れられない業を感じます。
ノルウェーまだ~む
>
本当にその通りですよね。
政治もそこを含めた政策をすることで、民族の「精神的安定」を画策したりしてきたのでしょう。
今声高に叫んでいる環境問題も大切ですけど、人々はたとえわずかな歩みでも差別ゼロを目指してもっと努力をしていくべきなのでしょうね。