公開当時見逃してしまっていたので、どうしたものかと思っていたら邦画初アカデミー賞作品賞ノミネートを機会に劇場で再び公開になったので、仕事終わりに夫と待ち合わせて観ることに。
長丁場だしずっと車に乗っているシーンばかりなのに、何故にこんなに惹き付けられるのだろう?
「ドライブ・マイ・カー」 公式サイト
自ら演出する舞台の俳優としても成功している家福(西島秀俊)は、脚本家の妻の音を深く愛し彼女がSEXのあとに語る物語を覚えておいて、翌朝忘れてしまう彼女がメモを書き留めるのを手伝っていた。
実は彼女が脚本を務めるテレビドラマの俳優と度々浮気をしていることに気が付いていた家福だったが、問いただす事ができずにいた。ある日何か話があると言ったまま妻は突然逝ってしまう。
喪失感にさいなまれたまま2年が過ぎ、家福は広島での公演で紹介されたみさき(三浦秀子)に愛車の運転を頼むことになる。
家福の舞台のオーディションに妻のSEX現場で見た若手俳優を見つけるのだが…
必要以上にエロい元女優の奥さん(笑
実は3時間近くある映画で、丁寧にじっくりと物語を紡いでいくけれど何故か細かい説明は一切ない。
例えばSEXのあとにとうとうと物語を棒読みしていくシーンが延々と続くと、うっかり上の空になったり、原作の村上春樹を読んでいるようだな・・・などどボンヤリしてしまう。
しかし彼女が作る脚本の物語と家福が演出するチェーホフの舞台劇「ワーニャ伯父さん」は、実は物語の内容とリンクしていると気付いた時から、もう片時も目が離せなくなってくるのだ。
登場人物は多くを語らない。静かにひたすらみさきの運転する車で、亡くなった妻が吹き込んだ「ワーニャ伯父さん」の台詞を聞くばかりなのに、深い闇を背負って絶望と共に生きている寡黙な運転手みさきと、家福の心情がほんの1ミリずつ動いていく。
そこを表現できるキャストたちも素晴らしいし、突然無音になることで今まで抑えていた感情が解放される演出も息を呑むばかり。
様々な言語で舞台が構成される「ワーニャ伯父さん」。
こちらも延々と棒読みの台詞の読み合わせシーンが続くけれど、実は大きな意味がある。
多言語で言葉が通じてなくても俳優たちが心を通わせる瞬間があったことで、言葉が通じていても判り合えていなかった家福夫婦と、更に音が書いていた脚本の内容では、その「言葉」もきちんと伝えなければ届かない事が示唆される。
浮気相手の若手俳優役の岡田将生が実に良い。
彼は結構『あまり感じのよくない人の役』をやることが多くて気の毒なのだけれど、今回は圧巻の出来だった。
感情を押えられず色々とやらかして事務所をクビになった若手俳優という設定で、家福の視点から見ている時は眉をひそめる人物像として登場する。
しかし中盤から純粋に妻の音を愛し、真っ直ぐな目に涙を湛えて音の夫に音への信愛を語るシーンは感動すら覚えてしまう。潤む目にライトを当ててキラキラ輝く演出も秀逸。
ひたむきに正直に気持ちを吐露する姿を見て、家福もみさきも自身の抑え込んでいた感情と正面から向き合う決心をするに至る大切なシーンでもある。
うっすらと希望を持たせるラストは、想像にお任せしますといったスタンスになっていて、最後まで細かく説明が無い。
私はみさきの頬の傷が消えていて、韓国で舞台の手伝いをしながら1歩前に進むのだな・・・と解釈。
パパンも大絶賛☆文学的で心静かに胸を打つ見事な作品だった。
ドライブ・マイ・カー インターナショナル版 - 西島秀俊, 三浦透子, 岡田将生, 霧島れいか, 濱口竜介, 濱口竜介
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この記事へのコメント
セレンディピティ
ドライブ・マイ・カー、私も見ようかどうしようか迷っているうちに、気を逸してしまっていたのですが、再開しているのでしたら、見てみようかしら...。
まだ~むさんには心に響く作品だったのですね。
実は村上春樹の原作は読んでいるのですが、読んだ時はそれほどピンとこなくて...(村上春樹作品は、私にとってはそういうことが多いです。そうと知りながら、新しいのが出るとつい読んでしまうのですが。^^;)
キャストや演出に期待したいです♪
ノルウェーまだ~む
>
原作を読まれたのですね!?
実は私もNOハルキストなので、彼の作品はしっくりこないことが多いのですが、原作では50ページの短編?を3時間近くにまで長くしてて、その長い部分??がじわじわとくるんです☆
感動するとか涙するとかと違って、この作品にじっくりと向き合って初めて良さがわかるといったかんじです。
セレンさんお好きだと思いますよ~是非!
ここなつ
そう、本当に文学的で心静かに胸を打つ作品でした。
色々な思いを抱えながら、それぞれにお芝居の上演に向けて進んでいく登場人物の描写が、過度な説明など何も無いのに心に響いて来たと思います。
>私はみさきの頬の傷が消えていて、韓国で舞台の手伝いをしながら1歩前に進むのだな・・・と解釈。
↑そうですね。私もその未来予想図であって欲しいと思います。
ノルウェーまだ~む
>
とても文学的で物静かな映画でしたよね。
気が付かなければたらたらとした退屈な映画と言った印象、気が付けば実に心が静かに波打つような映画だと思います。
夫は家福とみさきが同居している・・・というハッピーエンドを想像したそうです。
私はそこまではいってないかな・・・と感じました。
latifa
長い映画でしたが、そう感じず見れてしまう吸引力のある作品でしたね。
>多言語で言葉が通じてなくても俳優たちが心を通わせる瞬間があったことで、言葉が通じていても判り合えていなかった家福夫婦~
そうそう、そうでした。言葉って難しく、奥深いものですね。
みさき役の女優さんが少し前からNHKの朝ドラで普通の女の子として出演してきて、あ!って思いました。
岡田君はあえて意地悪いイケメン役を受けているのかな?
亡くなった奥さん、こんな年下の子や夫や、その他色々愛されていて、羨ましい限りー
ノルウェーまだ~む
>
そうそう!仰る通り吸引力のある作品でした☆
あと色っぽい奥様で不倫もしながら夫も愛する元女優さんがぴったりでしたね。案外女優あるあるなのかな?
言葉も身体もしっかり交わし合っていながら、本質的な部分で繋がっていなかったのは何だか寂しい気もしますが、人間なんてそんなものですよね☆
Nakaji
何がすごいって短編小説をこの3時間によくしたな~って感心しちゃいました(笑)
チェーホフの舞台劇とのリンクがよかったですね。引き込まれました。
ほんとに出てる役者さん全員よかったですね。
ノルウェーまだ~む
>
原作読まれたのですね!?
私は未読なので、今度読んでみたいと思います。
チェーホフの舞台劇とのリンクに早く気付くと、ぐぐっと違ってきますよね☆
アカデミーの何かの賞が取れると良いな。
ノラネコ
人間は通じ合う事はできるけど、どこかは不通でもある。
真理だと思いました。
ごみつ
私も凱旋リバイバルにあわせて見に行ってきました!
長丁場がまったく気にならない作品でした。
一種のロードムービーだけど、登場人物達の心の旅でもあるっていう、とても文学的な作品でした。
キャストも全員良かったし、特に多言語で一つの芝居を上演するっていう試み(原作にはない)も胸に響いたな〜。
ラストは、彼女が自分の人生を歩みはじめたっていう希望の表現だったけど、あの車がレアものなので、もしかしたら家福と一緒に韓国へ行ったのかもね。同居はしてないと思うけど。?
ノルウェーまだ~む
>
そうなんですよね。
家福家は結構濃密な夫婦関係がちゃんと出来ていて、普段から会話もしている良い夫婦で「通じ合っている」のに、実は本質的な部分で「通じ合っていない」
会話はないけど家福とみさきはどこか人間の芯の部分で「通じ合っている」んです。
まさに真理ですね。
ノルウェーまだ~む
>
ほんと!とっても文学的な上質の作品でしたよね。
原作読んでないのですが、膨らませ方が素晴らしいのだと思います。
ラスト、私も同居はしてないと思ってます。
きっと観光での公演が成功して、相変わらず運転手しているみさきもすっかり心を開いて家福の車でむしゃむしゃ食事ができるまでになったんじゃないかなぁ~
にゃむばなな
そこにみさきという他人が入ってくる。高槻が妻への信愛を語る。
愛車の後部座席という場所で、自分の心を客観視しながら、他者の見解が家福の心を少しずつ動かしていく。
全編を通して優しい空気が常に漂っている雰囲気がいいですね。とても喪失と再生の物語とは思えないほどの、本当に優しい空気でしたよ。
ノルウェーまだ~む
>
確かにその通りですね。
彼は妻を失って喪失感から脱しなくてはいけないのに、ずっと愛車の中で妻の声を聴いて八方ふさがりになっていましたよね。そこへ押しつけがましくないみさきによって、ほんの1ミリずつ前に進むきっかけとなったのが結果良かったんだと思います。優しい空気に癒されました。
瞳
リンクありがとうございました。
細かい説明とか無い作品でしたね。とっても好みです(笑)
作中劇のある作品も好き、西島さんも好きということで好きの3重でした(*^-^*)
岡田君もとても良かった♡
あの正直さ、ひたむきさに家福もですが、見ていて私たちも心打たれました。
「ワーニャ伯父さん」は昔読んだときにみんな、全然幸せそうじゃない・・・なんて暗いお話なんだ~(>_<)と思いましたが、
それでも懸命に生きて行きましょう・・・という言葉にこみ上げるものがありました。歳を重ねた今読んだらきっと昔よりは心に響くものがあるように思います。
ノルウェーまだ~む
>
こちらの記事にもコメントいただいてしまってスミマセン
「ワーニャ伯父さん」お読みになったことあるのですね?
当時の劇作家は上流階級の人が多かったから仕方がないとはいえ、裕福な出自でありながらとかく不幸を背負ったように描かれていて多少鼻持ちならないものが多いですが(笑)それを別にしても、舞台劇「ワーニャ~」のクライマックスは存分に胸に迫るものがありましたょね。
誰にでも表面には出していない想いというのがあって、それを素直に出していた岡田君演じる青年に人は心打たれるのかもしれませんね。