誰もが多少はそんな経験があるはず。
昨日まで仲良しと思っていたのに、どういう訳かぎこちなく互いに離れて行ってしまった友達。それぞれがもっと気の合う友達を見付けたり、違うコミュニティを探せたらいいけれど、それが息が詰まるような孤島の田舎で一度歯車が狂ってしまったのだとしたら・・・?
「イニシェリン島の精霊」 公式サイト
ある日突然、それまで親友と思っていたコルム(ブレンダン・グリーソン)に絶縁を言い渡され困惑するパードリック(コリン・ファレル)。何かの間違いかと嫌がられるのに度々家を訪れて、ますます怒らせてしまう。遂にパブで口げんかになり、コルムは今度話しかけてきたら自分の指を切ってくれてやる!とまで言い出した。
暫く距離を置くパードリックだったが、腹に据えかねて家に押し掛けるとコルムはついに…
物語はいきなり仲違いから始まる。
なので観客は当初は困惑するパードリックにぐっと心情が寄り添い、彼を心から気の毒に思うのだ。関係を修復しようとあの手この手で話しかけるのも普通のことだし、多少ウザがられても今まで通りに振舞おうとするのは何ら不思議はない。
そんなわけでこの映画は終始コリン・ファレルと同じ困り顔で観る事になる(笑
何しろどんだけ我慢強いのか、自らの指を切り落としてまで投げつけて来るコルムは異常としか思えない。たとえ一方的に『痛み分け』だと考えたとしても。
しかしコルムの家には世界各国のお面(能面も!)や絵画が飾られていて、彼は作曲もする芸術家であることが判ってくると、物語の印象が違って見えてくる。彼にはやりたい趣味がいっぱいあり、ただ酒を呑んで暇を潰すだけの老後は嫌なのだ。
学もなくくだらない話しか出来ないパードリックは、そこに気が付かない。
ちなみにノルウェーの幼稚園で息子の親友がアイルランド人のカルムだった(訳ではコルムと書いているけど、発音聞くとカルムって呼んでるね)
見ていくうちにうんうん、あるある(指を切るのは無いけど)と思えてくる。
島の人全員が知り合いで、警官とウワサ好きの雑貨店のおばちゃんの絶大な権力に見張られつつ、それなりに上手に人付き合いしないとやっていけない空間は、極北の地の駐在員生活によく似ている。何がきっかけなのか仲違いする人が現れ、周りが振り回されたり振り回したり。
このテレビもないスマホもない、PCもない1920年のアイルランドの田舎は、思わず深呼吸したくなるような広大な大自然に囲まれていながら、実は閉鎖的で息が出来ないような小さなコミュニティに縛られていて何もかも一触即発なのだ。
パードリックの聡明な妹が物語の緩和剤となっている。
土地やプライドに縛られて身動きできなくなる「男性」に対して、「女性」は軽やかで自由だ。優しさに溢れマリア様のような存在になっている。
とにかくアイルランドの大自然の美しさと言ったら!?
その対岸(本土)で起きているIRAの内戦。これをあくまで『対岸の火事』として眺めている主人公たちも、そのほんの小さな諍いからどんどんエスカレートしていき、最終的には『覆水盆に返らず』となってしまう。
お互い根はやさしい好人物であるだけに一層哀しみが深いのだ。
監督は「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー。
私の大好物の皮肉たっぷりのシニカルな笑いは抑えられ、先が読めない不穏な展開に最後まで眉根のシワが伸びなかったので、ハッピーエンドを求める人には向かない作品。今まで見たことが無いような美しい景色を味わうなら是非劇場で!
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この記事へのコメント
瞳
私も観てきました!
親友からの絶縁宣言から始まった、シンプルなはずの物語がどうしてそんなことに〜と驚く取り返しのつかないことになってしまいましたね。そこに至るまでの登場人物たち(動物も含め)の見せ方が上手いですよねぇ。
美しすぎる自然と閉鎖的なコミュニティ、まさにまだ〜むさんのおっしゃるとおりでした。
確かにやりたいことがいっぱいあったら、馬の糞の話に付き合ってはいられない、気持ちわかります…………が!指は、指は〜〜〜(>_<)
ノルウェーまだ~む
>
早速、瞳さんもご覧になったのですね!?すぐ伺います~
開放的な景色の中で閉鎖的なコミュニティ、田舎ではよくある事で、今読んでいる「つけびの里」を想い出してしまいましたよ。
馬の糞の話2時間を毎日されるほうの身も辛いので、双方の言い分、というか気分を充分納得できちゃうのもミソですよね。
指~~~っ!一方的な痛み分けはカンベンして欲しい(爆
margot2005
コメントありがとうございました。
さて、コリン&ブレンダンはお気に入り俳優なので楽しみにしていた一作です。期待通りドラマを楽しみました。
マーティン・マクドナーはマジでブラックユーモアが大好きな監督のようですね。
ヴァイオリン奏者なのに、相手ではなく自分の指を切るところは理解に苦しみましたが...。
本来ならミニシアター系で公開の映画ですが、オスカー、ノミネートとかの影響もありか?でシネコン上映があり、美しい景色を大スクリーで観ることができてniceでした。
セレンディピティ
この作品、前評判が高くて(なにしろオスカー候補ですし)
期待していたのですが、予告を見る限り
はたしておもしろいのだろうか、とピンと来ずにいました。
スリー・ビルボードもあまり好みではなかったし...。
でもアイルランドの美しく雄大な自然と
閉鎖的な社会ならではのドラマはなかなか見応えありそうですね。
気持ちが動いたら見に行ってみようと思います。
ノルウェーまだ~む
>
ご訪問ありがとうございます!
確かにミニシアター系の作品ですねぇ。
でもノミネートされたことで大きなシネコン上映があったり、多くの人に感心を持たれるのって良い事だと思います。
相手の指を切ると韓国ものになっちゃうから・・・しかしなかなかのブラックゆーもです。そこが最大限譲って「痛み分け」のつもりだったんでしょうねぇ(笑
ノルウェーまだ~む
>
う~む、「スリー・ビルボード」や「ドントルックアップ」的なのをあまりお好きじゃないセレンさんだから、ちょっとハマらないかも~~
正直途中まで理解出来ないっていうか、この淡々とした展開と淡々としたラストになに~~??ってなります。
ただ、とにかく景色が美しいんです。今まであまり見たことないような・・・大画面で観るのはオススメですょ。
にゃむばなな
コルムが指を切り落とすのは少々現実離れしているかも知れませんが、戦争ではそんな「そこまでする必要があるの?」が繰り返されていますからね。
それが同胞同士の内戦ならなおさらかも。
ノルウェーまだ~む
>
本当にその通りです。
同胞同士が命を削ってする内戦なんて、自らの指を切り取って相手に投げつける愚行と全く同じことなんですよね。
対岸の戦争をアホらしい~と眺めている自分たちが、まさに同じことをしている・・・人間の浅はかさを見事に描いていると思いました。
ノラネコ
人間っていつまで経っても、同じようなことで諍いを起こすんですね。
どっちの気持ちもわかるし、滑稽だけど悲しくなりました。
ノルウェーまだ~む
>
人間ってずっと変わらないんですよね。100年経とうと。
SNSだけでなく、現実世界でもままありますね。女性は特に。
そこで闘争に発展するのが男性なのかな?
小さなコミュニティでも起きがちな事象なのだから、思想同士がぶつかると戦争に発展したり・・・まさに滑稽だけど哀しい歴史の縮図の様に思えました。
ここなつ
流石まだ〜むさん、北欧暮らしされていたこともあって、自然の美しさの中でも、閉塞的で息ができないような小さなコミュニティに縛られる、という表現はとてもリアルで感心しきりです。やっぱりそうなんでしょうねぇ。
あるある、も、私は女学生(古っ!!)の頃のことを思い出して引き合いに出したのですが(弊ブログで書いたことと、まだ〜むさんの冒頭に書かれてらっしゃることがちょっと似ているかな?と自己満足しているワタクシ)、それプラス「極北の他の駐在員生活」もあるんですね〜。
いや〜人間関係ってホント…でも、そういうのは若い内で卒業したら良いのにねぇ。
ノルウェーまだ~む
>
ありがとうございます。実際学校みたいな狭い所だと、かなりあるあるなのでしょうけれど、大人になっても地域のコミュニティの中でとか、会社で合わない人が居たりとか、結構身近なところで出くわす事例なのかもしれません。
些細な事から取り返しのつかない問題に発展して、それがいつしか戦争に・・・対岸の火事ではいられなくなることに気が付かない愚かな人間を揶揄した映画になってましたね~
隆
コルムの方に、学びがある、とすると、どんな人からも教訓成り、メッセージなりを引き出せる人が、賢い人だと思います。島ぐらしで、付き合わざるを得ないウェットな関係を、敢えて、ドライにしていますね。パードリックなりに、そんな賢いコルムと親しく交わって居たから、相手の懐に飛び込む魅力と言うか、軽いなりに、付き合い易い人だったかも知れませんね。そんなコルムの包容力というか、覚悟を観て、パードリックもおかしな覚悟を持ったりして、、本当におかしな親友関係でしたね🍂
ノルウェーまだ~む
>
きっとふたりはお互い似た者同士だったのかもしれませんね。
根本的な所では、相手を思いやる優しい部分があるので、痛めつけたりしたいわけじゃないっていうところが、またオカシクもあり哀しくもあります。
でも優しさから今まで断ったり強く言ったり出来なくて、いよいよ堪忍袋の緒が切れるパターンもありますね(笑
自分を振り返って気を付けたいと思います。
ituka
指切り爺さんも少し前から相当イラついていたんだろうなと思いました。
ならば、もう少し相手を思いやる言い方すればいいのに。
いきなり絶好宣言なんて、パードリックの反応もごもっともだと思いました。
妹が出ていくとき一緒に行くべきでしたね。
ノルウェーまだ~む
>
そこなんですよね~
もう少し優しい伝え方あるでしょうし、もう少し二人の中間をとっても良かったはずなのに・・・
ただ人間なんてそんなものなのではないかな?とも思えます。
あの時こうすれば、あの時もう少しこう言えば・・・となっても後の祭りなんですね。
そうやってちょっとした諍いが大きな争いに発展していったのが、人類の歴史なのかもしれません。
Nakaji
>この映画は終始コリン・ファレルと同じ困り顔で観る事になる
本当にそれでした。
何何?って感じで見ておりました。いきなりそれかい!って感じでかつ、なんかでも、いなかって怖いわ~ってみておりました。
アイルランドの大自然の美しさとロバかわいかったのに~って思いながらみておりました。
ノルウェーまだ~む
>
うふふ、まさに眉毛八の字映画でしたね~
何なに??って思って、まさかそれ!?ってなって、こわっ!!となりましたね(笑
アイルランドの大自然が美しいだけに、広くて狭い地域のちっぽけないざこざが余計滑稽でした。
latifa
いやー、指が衝撃過ぎて、10年経ったら指の処ばかり覚えていそう・・。
そっかあ・・・ノルウェーまだ~むさんは過去に似た様な環境に暮らす大変さを身をもって体験していらっしゃったのね・・。
息子君の親友が!そうなのね。
海外で暮らすのって大変だろうな・・って想像がつくんだけど、それでも良いなー素敵だなー!憧れちゃうな、なんてやったことない私は漠然と思っちゃうのよね。
でも実際されると絶対緊張感とか半端ないですよね・・・
ノルウェーまだ~む
>
ふふふ、忘れようにも忘れられない指シーンでしたね~☆
はい、こちらの地域ほど何もない所では無かったものの、極北の地に暮らすために、日本人駐在員たちは身を寄せ合って暮らしているので、何かトラブルがあると結構面倒なことになるんですよ~
勿論自然豊かで良い国だけど、逆に言うと自然しかないから(笑)不便や何もないを楽しめる人はいいけど、日本の便利さや賑やかさばかり懐かしむ人には過酷な地でしたよ☆