「カモメ食堂」「めがね」など、何も起こらないのにほっこりするのでお馴染みの萩上直子監督の映画は、長い事私には合わないなと思っていたら、「川っぺりムコリッタ」がとっても良くて考えを改めたのが昨年の事。
その萩上直子監督の新作「波紋」は、かなりな事が起きるけど実は特別な事ではない『超日常的な異常なこと』を描いている。
今までとは作風が違うな…と思ったけど、誰もが体験しうるというより体験しているという点では今までの彼女の作品の流れを実は汲んでいるのかもしれない。
「波紋」 公式HP 5月26日公開
自宅で介護中の自分の父親を置いて疾走した夫(光石研)が10年ぶりに帰って来た。
渋々家に上げるものの、自分がガンに掛かっていると言う夫は、家でも好き放題。新興宗教にハマって心の平静を保っていたが、職場でも辛い事があり、息子(磯村勇斗)にも冷たくされ爆発寸前だった。ある日入院した同僚の手伝いをしたことで、心に変化が訪れる…
ただの水を崇め奉るいかにも怪しい新興宗教に通う事で、やっとのことで理性を保っている依子(筒井真理子)
どうしてこんな怪しいものに?と思うけれど、新興宗教にハマるのも、推し活にハマるのも、ホストに入れ込むのも、グッズを集めてヲタ活するのも、実は同じなのではないかと私は思っている。
つまりは現実逃避。何しろ自分の親の介護を押し付けた状態で夫が失踪するなんて!!現実逃避せずにいられようか?
仲の良い同僚の勧めでスイミングを始める。サウナで夫の悪口を言うシーンは大爆笑。
新興宗教より身体を動かす事、同僚に夫の悪口を吐き出す事、本当にその人の為に役に立っていると思える事をすることで少しずつ依子の顔に笑顔が戻ってくるのが判るのが自転車のシーン。
同僚の家に行って、初めて辛いのは自分だけではない事に気が付く。仏壇に飾られている写真は、あえてハッキリとは写されないけれど、どうやら幼い息子の写真のようで、依子と一緒にハラハラと涙がこぼれてしまうのだ。
そうなのだ。
人は自分が世界で一番辛い人間だと思って、ふつふつと不満を募らせてしまいがちだけれど決してそんなことは無いのだ。冒頭、脱ぎ散らかしたものも片付け場所が決まらなくてテーブルに積みあがっている物も何も無い、整然と片付いた室内とキッパリと花が整列した美しい花壇に、物凄い違和感と狂気すら感じたのはどうやら間違いでは無かった。息子の「お父さんはお母さんから逃げたかったんじゃないの?」の言葉にドキリとする。
依子は今まで押し殺してきた辛い気持ちを夫にぶつける事で、平静を保っていた静かな水面に波紋を広げる。しかしその波紋はすぐに相手にぶつかってこちらへ戻ってくる。
お寺にあるような枯山水を庭に造って精神統一していた依子が、最後に砂の波紋を崩しながら踊るフラメンコは圧巻。「川っぺりムコリッタ」でも哲学的な要素があった事からすると、依子がずっと立てていた波を崩してようやく一歩塀の外へ出られたのは、きっと哲学的な意味合いがあるに違いない。
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この記事へのコメント
ノラネコ
うちの叔母がこの手の宗教にハマってたので、むっちゃリアルでした。
最後まさかサウンドトラックで落とすとは。
お見事です。
ノルウェーまだ~む
>
ええっ!?身近にそのような・・・?
どんな人にでも何かにすがらないと生きていけない辛さを抱えているってありますよね。
高額の置物やブレスレットなんかを買わされても、推しやホストに注ぎ込んでも、本人が幸せなら構わないのでは?と私は考えているのですが、家族に一方的に迷惑が掛かるのは困りますね。互いに波紋をぶつけあって早いうちに解決するべきなのだと思いました。