難解映画が好きな私、しかも強烈な映画でお馴染みのアリ・アスター監督作品が早くも配信になっている~♬
しかし・・・こ・れ・は・・・
「ボーは恐れている」公式サイト
うがい薬を飲んでしまって癌にならないか心配でたまらないボー(ホアキン・フェニックス)は、父の記念日(命日)に帰省する予定が寝坊してしまった事で母を怒らせてしまう。すぐあとに、母が怪死したと判明し大急ぎで飛び出すと車に轢かれしまい…
見ている間は『いったいどこまでが妄想でどこまでが現実なのか?」と思いながら見ていたけれど、いえいえこれは全て彼の心象風景を描いているだけ。(ネタバレあり)
難解映画の考察を読んで、皆がどんなことを考えたか?私が気が付かなかった所などを発見するのが好きな私。今回も色々読んでみると、皆さん過保護に育てられたボーが遅咲きの思春期を迎え、母に抗おうとしているあたりは私と同じような考察。
息子を溺愛する母の支配から逃れる事が出来ず、必要以上に植え付けられた『外の世界の恐ろしさ』と『性的な事の忌まわしさ』に日々苦しめられている。なので住むはずがないような荒れた地域に一人で住んで、常に不安と闘っているのは全て彼の心象心理なのだ。
中盤ちょっとダレてしまうオズの魔法使いっぽい寓話的な森の舞台劇はかなり宗教色が強く、ボーがユダヤ人である事からも厳しい制約があるユダヤ教から逃れたい気持ちと、神が見ているから逃れられない気持ちのせめぎ合いを描いていると私は解釈。
劇中で息子たちに指摘され、自分が母から聞かされて信じ込んでいた父の死因(腹上死)がウソだったと気付く時のボーの顔が秀逸!(劇中の妄想の中の息子だから関係は無いのだけど)
向かいのビルの落書きに「神は見ている」とあり、いつも母に監視されている&神様が見ているという2つの呪縛を表している。
実際、私の知り合いでも子供が小さい時に「お化けが出るよ。」とか「神様は見てるよ。」と言ってしつけているママがいたけれど、当時は信じていた彼も今ではちゃんと賢い真っ当な青年に成長している。うちの子たちの場合、一番信用ならないのは親だと幼少期から思っている節があり(笑)こんなその場しのぎの怒り方では決して言う事を聞かなかったけど、ボーの場合は純粋に信じ込んでいるのに加えて、ママの過剰過ぎる支配欲によってかなり強迫観念を植えこまれていると感じた。
1つ誰も書いていなかった考察を。私はボーが発達障害だったと推測。ママの葬式の際、会社の功績が壁に飾ってあって、その中に『発達障害とその克服』とあった。リゾート地での12歳頃には既に克服していた症状も、いよいよ大人になる頃に母が子離れをしないせいで再発したのでは?母は母で精神病理的なところがあって、抑圧的に子供を支配しようとする。こういった親は少なからずいて、男の子だったらマザコンに、女の子なら毒親といった表現となるわけで。
ただ女性でありながら大企業の敏腕社長となっているだけに、子育ては乳母のマーサ任せだったでしょう。ボーはマーサの方を母と慕い、それがよりママの不安と反感を買ってあの異常な過干渉に繋がっていったと思われる。
なので母と慕うマーサからの卒業が彼女の死で、母からの卒業が首を絞める行為、どちらもボーの心象心理なのかもしれない。
羊水の中から始まった映画は、大人の階段を登りかけたけれど結局それも諦め、再び羊水へ戻って行くボーの心象風景で終わるのだ。
いずれにしても、このぶよぶよ禿げ散らかしたオッサンが、間もなくギッスギスに痩せたジョーカーとなって戻って来るというだけで、この映画を見る価値はあるのだ!
ボーはおそれている - アリ・アスター, アリ・アスター, ホアキン・フェニックス, ネイサン・レイン, エイミー・ライアン, パーカー・ポージー, パティ・ルポーン
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この記事へのコメント
ノラネコ
アスターの映画は色々考察できて、そこも楽しみの一つですね。
ノルウェーまだ~む
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はい、ホントにその通りですね~見ただけで楽しかった~で終わるのもいいけど、後で色々考えたり調べたりして、またその映画を咀嚼するのもある意味楽しみの一つでもあります。
そそ、怯えて子犬みたいでした(笑)おっさんだけど…
ボー
ノルウェーまだ~む
>
ハイ(笑)恐れてます?