色々な意味で驚かされる。
先ずインターバルが15分あるとはいえ215分という長さにビックリ。そして「ホロコーストを逃れたユダヤ人建築家の話」程度の情報しかなかった私は、入り口で渡されたリーフレットを読んでバウハウスの流れを汲む建築家の話なのね⁉と二度ビックリ。しかしこの後もっと驚くことに…
「ブルータリスト」 公式サイト
命からがらドイツの強制収容所から逃れアメリカへ渡ったラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、頼った従兄弟の家具屋で富豪の図書室を改築したことで脚光を浴び、彼の依頼でコミュニティセンターの設計を手掛ける事になる。2年もの歳月を掛けてようやく呼び寄せた妻も援助を受けて順風満帆に見えていたが、こだわり抜いた設計は費用がかさみ…
リーフレットにはこの映画の主役であるラースロー・トートが設計した椅子や建築物が事細かく紹介されている。実用性に富み無駄な装飾を一切排除した簡潔なデザインは実に美しく、加えてこの映画で建築するコミュニティセンターが朝と夕方の5時に中央の大理石の台座に太陽の光でくっきりと十字架を映す設計にいきなり驚愕する。
映画はともすると「ここはかなりカットできるんじゃ?」なシーンを多用すると共に戦後~の過去映像も多くて、まるでドキュメンタリーのよう。
完璧なアート作品のようでいてドキュメンタリーみたいに撮ることで、ドイツのバウハウスのデザインにも似た『簡潔でありながら無駄が多い』作品に仕上がっている。
そしてこの映画はかなり難しい。映画を見ていた老夫婦が最後に「なにこれ~?支離滅裂ね。」と吐き捨てていたけれど、それはヨルゴス・ランティモスの様な難解映画とも違い、ホロコーストを良く知りユダヤ人を良く知りナチに閉鎖させられたバウハウスを良く知っていても尚、完璧に理解する(共感する)のが難しいという意味。
何しろ冒頭、ホロコーストを逃れて命からがらアメリカの大地を踏んだ時点で、普通なら希望に満ちているはずが、何とも不協和音を多用して終始不安感を煽られるのだから。それは後の彼の困難に満ちた人生を暗示しているかのよう…
トートがこだわり抜いて建築するコミュニティセンターの強制収容所を想起させる塔や、無駄に長く窓のない廊下などは、私がベルリンで見たユダヤ博物館に非常に酷似している。
つまり映画はユダヤ人の抱える苦悩と差別やセクシャリティを含む社会問題を表現しているのは明白なのだけれど、彼らがイスラエルに『帰ろうと』する気持ちや、何処にも居場所がないと感じるその本質的なものに共感出来るのは正直ユダヤ人でないと無理なのだと痛感する。
アメリカに先に移住していた従兄弟と再会した時の抱擁に比べて、妻との再会は割とさっぱりしている。
女性からはモテるのに手を出さなかったり冒頭米上陸後すぐに娼館へ行ったけどなかなかイケなかったりというシーンをあえて描いているのは、トートの性的志向を暗にほのめかしている?(ちゃんと妻とも結ばれるけど)
更にパトロンである実業家(ガイ・ピアーズ)に放った妻の言葉。彼はトートの才能と彼自身を我が物にする為に薬漬けにして飼いならし、トートは芸術家としての才能との間に揺れ、新天地での人生は希望より苦悩に満ちてしまうのだ。
最後に一番驚いたのは、実在の人物と思い込んで観ていたラースリー・トートはマルセル・ブロイヤー等バウハウスで学んだ建築家たちをモデルにした架空の人だったということ!
まんまと騙された~~っ
間もなく2025年アカデミー賞が発表される。この映画が再び私を驚かせてくれる事に…なるだろうか?
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この記事へのコメント
ごみつ
この映画、知りませんでした~。すごく面白そう!
実は私、バウハウスが大好きなんですよね。世界中のあらゆるアートスクールの中で一番好きです。
で、ラースロー・トートなんてアーチストがいたんだ~なんて読ませていただいてて、架空の人物である事がわかってビックリしちゃいました。(笑)
これは絶対に見たいな~。長い映画で、けっこう難解そうなので、いずれ配信かDVDレンタルで絶対に見てみようと思います。
ご紹介有り難うございます。o(^o^)o
にゃむばなな
でも彼を通して、移民が才能や人格ではなく出自で判断されるアメリカに戻りつつあることを危惧しているのでしょうね。
※PCからコメント投稿すると、「海外IPのコメント投稿は行えません」と出ました。
セレンディピティ
私、エイドリアン・ブロディの「戦場のピアニスト」が大好きなので、この作品も気になっていたのですが、昨日は他の作品を見に行ってしまいました。(さて、何でしょう?)
主人公は実在の人物ではないとのことですが、架空の人物のリーフレットまで作ってしまうなんて本格的! 配給会社のちょっとした遊び心でしょうか。
主人公が建築家という設定にも興味をそそられます。
バウハウスがナチスによって解体させられた後、自由の国アメリカに移住して活躍したデザイナーが数多くいるのですよね。
その後の彼らの物語という視点でも興味深く見れそうです。
ノルウェーまだ~む
>
これね、絶対ぜったいごみつさんがお好きだと思ってました!
バウハウスがお好きなら間違いなく刺さる映画と思うわ~
なんと!バウハウスがあらゆるアートスクールの中で一番お好きとは…私あまり世界のアートスクールに詳しくないのですが、「あの」バウハウスですもんね♬
長くて体力要るし、途中集中できなくなるかもだから、案外配信が良いのかも…
ごみつさんの感想、首を長くして待ちますね☆
ノルウェーまだ~む
>
あら!コメント頂くのにご面倒をおかけしてしまったのですね?ゴメンナサイ。いったい何だろう~???
仰る通り、夢のあるアメリカンドリームの話と思いきや、そこには移民に対する厚くて高い壁があるのだとじわじわと感じる映画でしたね。
彼等の計り知れない苦悩を本当に理解出来るのは難しいとしても、理解しようとする努力は怠ってはいけないんですよね。
ノルウェーまだ~む
>
建築物がお好きなセレンさんだから、絶対気に入ると思うわ~
私も「戦場のピアニスト」好きなので、エイドリアン・ブロディなら間違いないと思って観に行ったのでした。そしたら3時間もあって…(行ってから気が付くと言うww)
モデルとなっているのはマルセル・ブロイヤーなんだけど、多くの建築家が同じような苦境に立たされ数奇な半生を生きたのは真実であるから、それでドキュメンタリーのように撮ったのかな…って思いました。
latifa
これ、ご覧になられたのですね。
時間が長いから劇場鑑賞、結構疲れませんでしたか?
私もお家鑑賞になっちゃうかと思いますが、必ず見るので、また後日改めてお喋りしましょうね♪
PS 河津桜、とっても可愛いですね。
お天気良かったので青空とピンクのコントラストが素晴らしいですね。
ノルウェーまだ~む
>
週末すご~くお天気よかったですよね~
快適にお散歩できる最後の日かも?なんて話ながら歩いたのよ(笑)
ブルータリスト、アカデミー賞でも3部門賞をとったね!
正直、作品賞もいくかな~?って思ったのだけど…
とても長いんだけど、あっという間に感じましたよ。逆に3時間もあったんだ?って。ただ、途中集中力が切れたりして、それが大事なシーンだったので、いつか配信になったら再度見たいなって思ってます☆
瞳
本作見に行こうかな~と思って上映時間を見たら驚きでした。
アカデミー賞では見事にエイドリアンが受賞しましたね。
週末にノミネート作品のどれかを見に行こうかな~と思っているのですが、悩み中です!(^^)!
シャラメ君の歌も聞きたいし、でも5冠の「アノーラ」も気になるし。
まだ昨年のノミネート作品もコンプリートしてないのですが、今朝プライムで「関心領域」を見始めたら・・・午後からの仕事の前にちょっと見ようかななんて映画ではないと(予想はしていたのですが)いったん保留中になっちゃいました。
お休みの日に再度しっかり向き合おうと思います。
ノルウェーまだ~む
>
やっぱりアカデミー賞関連の映画は見ごたえがあるから、合間にささっと見るには勿体ないというか、ちゃんと向き合いたいの判ります!
私も見たい映画続々なのに、週末の予定とか雑用が多くて時間がない~~っ
「アノーラ」は東京でも単館系でしか公開してないので、当面は保留かな・・・
配信も見ようと思ったいたのがどんど変わっていくので焦っちゃうよね。